ずっと好きでいること ー 走れウサギ

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半年前の話。


毎年、誕生日、もしくは翌日の祝日に自由行動をしている。1年に1度、自分のためだけに過ごす1日。


今年、その2月10日に、金井夕子さんのライブがあった。去年の6月の復活ライブは都合がつかず行けなかったが、後々セットリストにあった「走れウサギ」を見てひとり切なくなっていた。


今回もし行かなかったら、どれだけ後悔するだろう。セットリスト片手に地団駄を踏む未来が見える。誕生日とライブが重なる偶然など奇跡だ。いわば、運命だ。思い切って行こう。渋谷は奈良から遠いけど。




そして、ライブの日。


こじんまりしたライブハウスにひとりで行くのが久しぶりなためか、軽い興奮状態にあった。挙動不審。気持ちを落ち着かせるために端の方に座り、1ドリンクでグラスワインを選び開演を待った。


そして、開演。


金井夕子さんが登場した。すぐそこに立っていて、歌っている。本人だ。現実だ。眩しい。


聴きながら何を考えていたのか思い出せないけれど、多分私はずっと泣いていた。歌う姿を目に焼き付けようとしているはずなのに、両目から勝手に涙が出てくる。


私が彼女のアルバム「écran」に出会ったのは高校生の時だ。スリランカ慕情やチャイナローズが好きだったこともあり、レコードレンタルショップで見つけたとき、珍しさもあって何の気なしに借りた。


écranは、豪華な作家陣が提供した楽曲の素晴らしさもさることながら、曲に合わせていろいろな表情を見せる彼女の声の魅力に溢れていた。オープニングからエンディングまで幅広いジャンルの曲が詰め込まれた濃密な一枚で、様々な歌声を堪能できる。どの曲も好きだったし、どの曲にもその曲ならではの聴きどころがある。

特に、私はB面4曲めの「走れウサギ」が大好きだった。繊細で寂しげな細野さんによる美しいメロディのテクノサウンドに、糸井さんの印象的な歌詞、そして夕子さんの優しく囁くような歌声。一分の隙もない私にとって完全な曲だった。

そして、そこからアルバムラストの「銀幕の恋人」に続く。この曲は夕子さんのアルトの声質をフルに活かしたエモーショナルな歌。パステルラブでデビューした夕子さんの実質ラストアルバムとなった「écran」という演目の幕が降りるに相応しい、尾崎亜美さん作の名曲。この曲の余韻に浸りながらも、終わるのが寂しくてまた最初から聴いてしまう。そんな、劇場のようなアルバムだった。


私は録音したテープを繰り返し聴いた。私にしては高級なテープに録音していたので、もしかしたらもう一回借りて録音し直したのかもしれない。曲名、作詞作曲者を書き写したインデックスは当時の私の筆跡だ。LPレコードは結局その後中古で2枚手に入れて大切に保存している。


私が初めて買ったCDも金井夕子さんのものだ。当時一人暮らしの部屋にはレコードプレーヤーしかなく、CDを聴くことができなかった。そんな頃、金井夕子さんのベスト盤のCD、プレイバックシリーズ金井夕子が発売されることを知った。聴けない、とかそういう問題ではない。当然のように購入し、帰省したとき弟に頼んでテープに録音し、聴きこんだ。


その後も、テクノ歌謡のオムニバスに走れウサギが収録されたけどまさかのバージョン違いで気持ちがざわざわしたとか、突然のアルバムbox発売に狂喜乱舞だったとか。そんなことをいちいち語ったら延々と時間が過ぎてしまう。



でも、私は活動する彼女をリアルタイムで追いかけてはいない。全て後追いだ。当時は今と違い、情報を手に入れる手段がなかった。私がしたことは、新譜や掘り出し物が無いか、「か」のインデックス内を漁ることくらいだった。(金井由布子として見つけた時は少しショックだったことを覚えている。)


だから、好きが爆発するような濃い時間を過ごしていない。無人島に持っていくアルバムは何、というありがちな質問があればécranを真っ先に挙げるだろうし、好きな曲でコンピレーションを作るとなら「走れウサギ」をメインにする。それだけといえば、それだけ。でも彼女のアルバムが私の中で名盤中の名盤、走れウサギが名曲中の名曲であり続けたのは間違いがない。


35年経ち、高校生だった私は52歳になった。


「走れウサギ」をこうやってご本人の歌唱で聴く、そんな未来が来るとは全く想像していなかった。しかも、écranのオープニングの2曲を夕子さんとまめしばさんが完全再現して下さったり、大好きな「可愛い女と呼ばないで」まで聴くことができるなんて。


長期のブランクがあったと思えない艶やかな歌声。髪は昔と違ってグレイヘアだけれど、可愛らしい顔立ちとヨガで整えたと思われるスリムな体型。トークに垣間見える歌へのこだわり。35年の間、若い頃の写真と歌声で理想化してしまっていたはずなのに、そのイメージを壊すどころか、更に完成させてくれるような、満ち足りた素晴らしいライブを見せていただいた。



人生、何があるかわからない。

ずっと好きでいると、幸せなことも、起こるものなんだなあ。




金井夕子さんの歌声が聴けるきっかけを作ってくださったkeiZiroさんとまめしばの皆さまに、心から感謝します。