映画「ピンクとグレー」を見た日(ネタバレなし)

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「桐島、部活やめるってよ」は、映画を見てから原作を読んだ。そして、映画に感じたなんとも言えない懐かしさは、映画独自のものだったのだということを知った。映画部の男子が休みの日に鉄男を観に行っているとか、若い原作ファンは何これ、って思うのかもしれない。私の世代を仲間に入れてもらって申し訳ないなと思うようだった。

 監督が咀嚼して映像化するのだから、その監督のバックグラウンドにある文化、思想などが原作にブレンドされて、別の良さが出てくる。そして、その監督が自分と近い世代であれば、きっと原作に感じたある種のもどかしさに一つの答えを与えて作品にしてくれるはず。
 私はピンクとグレーの映画化に、そんな期待を抱いていた。

 実のところ行定勲監督の映画を見たことがないので、どういう映画を撮る監督なのかよく知らない。事前にネタバレを見ないように気をつけてはいたが、広告の煽りなどはどうしても目に入る。ああいうことかもしれない、と予想してしまいそうになるが深入りはしないように気をつけて映画館へ行った。

 見終わった。

 帰り道、私は何もこの監督のことを知らないで自分の都合のいい期待を抱いて映画を見に行ったんだな、私向けに映画を作ってくれたわけじゃないものな、と当たり前なことを思いつつ、もやもやしながら無性に文字が読みたくなり、映画館近くの図書館へ行った。そして「一人でもとれる映画の撮り方」と、「ゼロからの脚本術」の2冊を借りた。後者は10人の監督にどうやってその作品を作り出したのかインタビューしている本で、行定勲監督も載っていた。「原作モノの名手として知られる」と行定勲監督のページの最初に書かれていた。そうなのか。

 インタビュー中「ひまわり」という映画について語っている中に、ある撮影中に亡くなったスタッフのお葬式の帰りの出来事から着想を得たという話の流れで、次のような記述があった。

それが脚本に書かれた時に、僕は初めて、演出家として何が描きたいかわかった気がしました。死んで行った人たちは去っていくけど、残された人間は、生きていかなければならない。そこでどんな感情を持って、死を乗り越えていかなければいけないのかーーーそれが、自分が描きたい確固たるものなんだろうと思いました。

 また、「遠くの空に消えた」という映画についてのインタビューの流れでは、以下のようにも書かれていた。

完成した映画は、大林宣彦さんや岩井俊二さんから褒めていただけた。でも、興行的には大コケした(笑)。「ヒットする」と言って、自分でも果敢にいろいろ動いて、それに乗って出資してくれる人や、逸材のスタッフが集まった。初めて「やるだけやっちゃえ!」と思った映画でした。  そのぶん、当たらなかった現実が大きい。自分の中では大きな傷になっていて、それ以降の作品では「もう少し世の中に伝わるものをやろう」という意識が強くなっています。結局その繰り返しなんじゃないですかね。そこが映画の、難しいところなんだと思います。

 「残された人間が生きていく」「もう少し世の中に伝わるもの」

 なるほどな、そういうことを撮りたかったのだな、と思いながら、私はそれでもどこかに旅に出たいような気持ちになっていた。

 私はピンクとグレーの原作を手放しに素晴らしいとも思っていない。特に作品中の「死」は、映画になった時に変わっていて欲しいと思っていたし、大人の男性があのまま映像化するとは考えづらいものがあった。「残された人間が生きていく」そんな監督の映画作りのテーマが描かれ、広く若い人たちに伝わる映画。ピンクとグレーが同世代の監督の力でそういう映画になっていたら、本当に嬉しかっただろう。

 何をどうして欲しくて私はこんなに旅に出たいような気持ちになっているのだろうか。
 それがわからなかったので、私はもう一回映画館へ行くことにした。