「ラブドールは胎児の夢を見るか?」

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 タイトルにあげた「ラブドールは胎児の夢を見るか?」は、東京藝術大学卒業修了制作展で展示された菅実花さんの作品である。ラブドールのお腹に詰め物をして妊婦になっているその作品の異色さが、Twitterで話題になっていたのだった。
 私は実際にその展示を見たわけではないのだが、ネットの写真を見た瞬間、ただ単純に「先にやられてしまった!」と思った。

 もちろん私はアーティストではないので、同じものを美術作品として作りたかったわけではない。
 私は「お話」を考えていたのだった。

 日常に忙殺される中、時々、「こんな話が読みたいな」と思うことがある。想像を膨らませ、頭の中で話が展開する。それは小説として私が書かない限り読めないのかもしれないが、私が思いつく程度のことなので、もっと面白いお話としていつか目にするんだろうな、とも思っていた。そして誰かが書いたものを読んで「私が読みたかったのはまさしくこれ!」と思う日が来るんだろうなと。

 幾つかある脳内の話の中でも、その話は脳内に収まりきれなくなって、メモを取っていたものだった。
 あらすじはこうだ。

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 主人公は30代後半の女性。女子大で、経年による女性の体型変化のモデル化という研究で博士を取るが、職がないままポスドクや任期付き職を転々したのち、疲れて研究を諦め医療系ベンチャーで働き始める。汎用型介護ロボットの開発といっても、ほぼ雑用で、自分の技術力を活かせていないという不満はある。しかし、もう今更自分の人生はどうでもいいと思っている。

 ある時、展示会で知り合った怪しげな人から、昔の研究をラブドール開発に活かせないかと持ちかけられる。体型が変わるラブドールという商品企画について主人公は胡散臭いと思いつつも、その人が特許を持っているという体型変化が可能な素材と機構に興味を持つ。それは単純な機構であったが、加齢や軽度な肥満による体型変化を実現するには十分なものであるように思えた。主人公はその試作品に自分のプログラムを載せ、調整を繰り返す。そして体型が変わるそのラブドールに強い思い入れを持つようになる。

 主人公はポスドク生活を送っていた頃、一度妊娠したことがあった。薄々わかっていたが、今出産するのは嫌だという気持ちが研究を優先させ、その結果流産した。流産後に子宮の内容物を掻き出す搔爬の手術を受け、その時に悪夢を見た。世界がすごいスピードで幾何学模様の壁に押し潰される。その拷問のような夢から目覚めると、掻き出し終わった医者が看護師と雑談をしている姿が見えた。主人公はラブドールに対してあの医者と同じ位置に立って調整作業をしながら、自分の中がからっぼになった時のことをふと思い出す。

 数年後、ラブドールは超高級ジョークグッズとして販売された。主人公はその商品に、誰にも知られないように隠しコマンドを仕込んでいた。ある特殊な条件が満たされたその時、ラブドールは妊婦になる。おそらく素材はそれに耐え切れず、破裂する。主人公はその事故が起こるのを待っている。私の中もラブドールの中も空っぽだ。

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 私が考えていたのはそんな話で、今回の藝大の作品のテーマと重なるのかどうか不明。以前、イメージするためにラブドールをホームページで眺めてみたりもした。でもこの話で重要なポイントとなる「体型が変わる素材と機構」が全く具体的に思いつかなかったので、私の力で小説に起こすのは難しいのかなとも思っていた。でも、もう、実際にモノとして自分がイメージしていたものを作られて突きつけられると、今更これを小説に起こしても新鮮味がないなあ、と思ってしまった。
 一応、好きな話だったので、あらすじだけここに刻んで封印。
 
 アート作品としての臨月のラブドールは、本当に美しく、幸せそうだったね。