リハビリ

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 あらゆる知識が目減りするだけで、日々のくらしに追われるここ数年。有限な自由時間はツイッターで某加藤さんの最新情報をチェックするか、寝るかしかしていなかったような。というより、何してたか全く思い出せないレベルのことしかしていませんでしたよ。

 ふと気がつくと来年50歳ってことになる。2月生まれなので、まわりの友人たちが「次は51歳だ」と思っている頃迎えるため、50という数字に対する心の準備も万全。ダメージも無い。

 頭の中にある自分の姿が適切に更新できるほど自分を見ていないので、ふと町中で見てしまった姿にぎょっとするという日常はここ数年変わってない。でも、前は「化粧は面倒くさい」だったのだけれど、今は「化粧する価値がない」って思っているところが少し違っている。確実に自虐へ寄っている。

 多分文頭に書いたように、追われるだけで何もできていない、しかも、元々大事に蓄えているつもりだった物事が記憶から薄れて行くと同時に、新しくインプットする物事の質と量の少なさ、今という時代へ参加してできている気がせず、満たされていない感覚。それらからくる圧倒的な自信の無さ。それが気分を自虐に寄せて行くんでしょうね。

 やっぱり私のようなもともと何ももっていない人間が年相応の凄みを身につけるには、ちゃんと書いて頭の中の混沌と戦わないといけませんね。